余 白
ひとつ ふたつ みっつ
十二ヶ月の記憶を
手のひらに乗せてみます
イタリアの艶やかなレモンも
壁に映る影のゆらめきも
あれもこれも
引き出しにしまっておいた欠片たちを
だってもう
限りの月だもの
白が好きです
花屋で選んだ一本のバラも
不恰好な毛糸玉も
白ばかり
手放したものは何かしら
ひとつ ふたつ みっつ
手のひらに並べてみます
書いただけでださなかった手紙とか
壊れてしまった腕時計とか
なくしたはずなのに
そのままあって
なんだか
開けても開けても続く
ドアみたいだったけれど
さよなら
手のひらを
ふうっと吹きました
だってもう
限りの月だもの
やっぱり
白が心地よいのです
まっさらなノートも
混じり気のない麻のシャツも
そして余白も
青 島 江 里
前向き
「前向きに」
という言葉が
どことなく苦手なのです
ずっと言われ続けてしまったら
「後ろ向きに」
になってしまいそうなのです
そのついでに
自分のすべてを
否定されてしまったら
どこにも行けなくなる気がするのです
弱虫でも生きてていいのって
ぽろりと言ってしまえば
それより以前に
君は虫ではなく人間ですよねって
無機質にすかされてしまいそうで
じわじわとこわくなる
そんなお月様の夜だってあるのです
どうしても
はずかしかったら
両手で顔を隠しながらでもいい
くるしかったら
深くうつむきながらでもいい
それを「前向きに」って
他人は言わないかもしれないけれど
なんとか前に進んでゆけるのなら
それをあかるくゆるしてほしい
それが僕にできる
今の精一杯だって
気付いてほしい真昼もあるのです
ぜんぶ前向きにできないのなら
ぜんぶ後ろ向きに背を向けてもいい
僕はそのまま
どうにかこうにか
前に向かって歩いてゆきたいのです
誰かに笑われてもいい
からかわれてもいい
生きてていいのなんて言いたくない
決めつけのふつうなんて
どうでもいいのです
ひとりひとりにできる
それぞれの前向きが
ぽつりほんのり
あかるい道をひらいてゆける
そんな、そんな気がするのです
井 嶋 り ゅ う
雪の日
びちゃびちゃとした雪道を歩く
重なり合った黒いくつ跡の上で
足をとられ
思わぬ姿勢で滑る
傘をさしているからだ
北国から上京してきた私には
そんなものなど必要ないのだが
東京に雪が降り積もる日は
皆 そそくさと傘を広げて
内へ籠るように歩くから
私も紛れてそうしている
指がかじかむ傘の中で
心が飽和状態になる
居なくなってしまえばいいのに
あの人なんて消えて居なくなってしまえば
と思う気持ちが
歩数と共に白く吐き出される
重なったり並行したりしながらびちゃびちゃと
私の足跡も誰かの後を追うように黒くなる
ぼちゃっと電線から雪が落ちてきた
足元で穴のような黒い円が出来る
思わず見上げた私の顔にも
水滴が散りばめられる
事件に気づく最初のきっかけみたいに冷たくて
隠してきたものが
ようやく露見するような危うさを感じる
誰かわからない人たちの話を聞かされ
相槌を打ち続けてきた私には
防寒具が足りない
かじかむ指に触れる雪が
あっという間に溶けて消えた
だからあの人だって
ぼたぼたと傘に落ちてくるものの音に隠れて
息を吐く
齋 藤 純 二
波打ち際より
光が落ちて陰が落ちた
地平線のまるみある優しさは
心に隠れて胸で波を打っている
聞こえるスネアの弾みとトランペット
甘いラテと乾いた南の薄からい風
明日この地を離れる愛しさに
欲している感情が見え始めている
疲れた日々に挟まれた束の間
時間は不平等に過ぎてゆく
焦燥がピリピリと眼底を刺激すると
逃げの一手は追加のオーダー
テラスに灯された波状の波も
小さな抵抗から聞こえる同調の励まし
緩ませた心にはまだ聞こえて
意志は歪曲しながらも重なっている
澤 一 織
戦 前
選んだのは
きみで 僕だからな
沈黙も 清き一票も
受容も 能動も
行き着いた選択が
今日を構築している
どいつも こいつも
被害側として語るのは
歴史が繰り返されるところだ
勇ましく
守れ 守れ 守れ
馬車馬のように
働け 働け 働け
二時間から三時間の睡眠で
労働と生活の調和を捨てて
高潔な精神で
権利の前に義務を果たせ
さもしい顔した異物を炙り出し
自らの命は自ら守れ
きみは遠い国の極端な物語だと思っているかもしれないね。
いざとなったらなんとかなるなんてね。
保育園から突然の連絡
お子さんの具合が悪そうなので
今からお迎えに来ていただけますか？
毎日顔を合わせている職員が
余裕がなく働いている中
詰まり切った予定から
自分だけ外れて
年齢も変わらない上席に
何度も頭を下げ
退勤カードを押すときの空気
（また子持ち様のご都合により負担を被るのは結局わたし。
子持ち様の独立国でも作れよ）
山手線に揺られながら
誰かの呟き
流れてくるニュース
を人差し指でスクロールする
働いて 働いて 働いて 働いて 働いて 参ります
二〇二五年午後十時から午前七時
右腕の中から
なかなか寝つかなかった
息子の寝息が聞こえてきた
今頃 絵本から飛び出した
ティラノさんやトカゲさんと
遊んでいるかな
おやすみ
髪を撫でて
狭い天井を眺める
キッチンに溜まったままの皿
洗濯籠に入れっぱなしの服
報告書の締切
燃えるごみの回収日
が明日だったことも思い出して
スマホの目覚ましを掛けたら
そっと息子のあたまを
腕から枕に移して
重い腰を起こす
優先順位なんて分からない
子育て以外
数年後は
介護の二文字が
加わるかもしれない
おはよう
息子の連絡帳を枕にしていた
朝五時四十五分
階段から降りてきた妻の声
で目が覚めて
キッチンから漂ってくる
お弁当の匂いに包まれながら
ソファで残り三十分 二度寝
まま ぱっぱ きょうは なんの ゆめみた？
ぼくは ティラノさんの ゆめ みたよ
ガォガォガオーって
レオパとかトカゲさんも すごい でてきたよ
もうすぐ
にぎやかな足音が
今日を迎えにくる
夏 生
海に向かって
あの日
海を見た瞬間
走り出した私は
ゆうえいきんし、など
知らずに
会いたかった人に会えたような
凄まじい喜びにしびれながら
全力で走った
父は私を腕を引っ張り
海から引き離した
私は砂だらけになって
つめたい痛みに泣い喚いた
波は
穏やかにうごめいて
私の泣き声をそのひだに
包んで引いていく
私は
震えながら薄暗闇の海に向かって
手をのばした
あ さ ぎ
音
いつもの帰り道
風が強い
耳元で鳴いていく
風の中に聞き慣れた異音がまざる
道の端に寄る
車が通り過ぎていく
徐々に小さくなっていくテールランプ
最近考えていることがぶり返す
動くものには音があるということだ
私が歩いても音がする
くつが地面をたたく音
「右足、左足、右足、左足」
声に出せばこれも音かもしれない
風の音
車の音
私の音
影が長くなってきた
太陽が沈み始めている
先生が言っていた
太陽が動いているわけじゃない
地球の方が動いているのだと
地球はどんな音をして動いているのだろう
いろいろな音を聞いてきたはずだ
地球上には動くものがたくさんある
その中には真似したい音だってあったかもしれない
太陽が最後の光を振り絞る
雲に空、全てが麗しくそまっていく
みんが太陽に「さよなら」を言っている
聞いてみたいな
聞けるといいな
かすみ じゅん
寒夜気に身を晒し
深夜の白街灯に
照らし出された
麓に犇めく住屋
畝り坂の下途中
粒砂利を掻き
歩むsandalの
眠い音が鼓膜を擦り
ギャッ
シュラリィヒ
ヴヴゥォン
のそり家並から
現れる黝い車型
真赤に滲むtaillamp
狭い道幅を埋め
静かにfadeout又
暗い陰が被さる
淡い煙を闇宙へ
吐き出し何故だか
脱力ほっとして
軽くなったかも
もやっとも幾分
紫掛かる仄明るい
斑空を視界の天辺に
眺めを1枚とまた
すぅっと、knifeで
果物の皮剥くよう
路傍で
眼を滑らせ捲る
出て来やしない何も
それでも
味気ない気分が
晴れるよな風景に
偶には出逢えたら
馬鹿げた期待して
刻が過ぎれば
夜が終える事は
分かってるのに
高く眩く右手には
満月が優しい光
時折覗かせて
くれて居るのに
心ぶれる更け宵
胸の隅に巣食う
無力感に苛まれた
己をpocketの内
冷え沁みる指の先
揉み合わせながら
紛らわせず浮かぶ
破れない孤独を
抱え見詰めている
※黝い(あおぐろい)
…青みを帯びた黒色
俺達は 呆れる程に動物なんだから
今日がどんなに
燃え盛るように暑かろうが
凍えそうに心底寒かろうが
今日はどんなに
人辞めたい位辛かろうが
向っ腹を抱え苛立とうが
大切な人に嫌われようが
自分にどんなに
厳しい視線が注がれようが
責務が有ろうが無かろうが
自分がどんなに
能無しの碌でなしだろうが
屑だと思い知らされようが
どうってこたあねえ
遣れるだけのこと
やるしかねえだろう
人生は gameらしい
此れしきのこと
笑い飛ばせばいいさ
蹴躓くこともある
スッ転ぶことだって
もしか打っ倒れても
また明くる日にゃ
飽きもせずぐるり廻る
朝の陽は昇るんだ
そうしてるうちに
また一匹赤子は生まれ
また一人棺桶に入る
そう言うもんだろ
深く考え込むような
難しいことじゃない
泣いても笑っても
場面は想い出に
時は過ぎ去るだけ
何やかやと愉しんで
行こうじゃないの
たった一度限りの人生だ
後腐れなく進もう
揺るぎなくこの世に
唯一無二の己たれ
否定は肯定の裏返し
逆手に取れりゃあ
その内善い事あるだろさ
純然たる気持ち et cetera.
勝手な生きもので
愉しみ喜び怒る
哀しみ独り尖り
不貞腐れ知らん顔
好きな物喰らい
好きなだけ遊び
好きなだけ惰眠
どうしようもなく
我が儘に振る舞う
奔放な生きもので
自分に嘘つける程
器用な奴じゃなく
真面に有りたいと
飾らずに行こうと
自由でありたいと
思えどもいつも
独り言は文句が
随分多いけれど
やはり胸の奥では
世界の争い無き
平和を願い止まぬ
正直な生きもので
融通の又利かない
不器用な奴だけど
こんな生き方しか
出来ずにここまで
やって来れたのは
自力他力合わせた
皆んなのお陰だと
弁えていても中々
素直にはなれない
拗ねた生きもので
少し汗掻いた夜に
無重力に意識を
放ち浮かべながら
おべんちゃらも
こもごも織り交ぜ
言の葉編んでいる
上面も下心も全部
あるもの一括に
なきもの捻りだし
はい、不埒な生きもので
そう、脆弱な生きもので
んな、陳腐な生きもので
富士伊 真夜
ウォッシャー 一
ドン・キホーテで
それは見つけた
二年以上前
ある三月
可愛らしいぬいぐるみの
筆箱
アライグマ仕様
それは
最後のいっぴきで
しくしく
泣いていた
衝動で手に取ると
離さないので
びっくりした模様
ウォッシャー 二
家に帰り
どこにくっつけて
毎日
持ち運ぶか悩む
リュックサックか
スマホのショルダーか
頭の先っぽに
何かに引っさげられるよう
輪っかが付いていたが
一週間もすると
それは壊れて
このアライグマは
賢いことに
ご主人様が
トイレに入った瞬間に
手元に落ちた
ウォッシャー 三
背中に
筆箱のため
ファスナーが付いている
このファスナーに
輪っかを引っ掛けて
スマホショルダーで
持ち運ぶことにする
さらに考えて
丈夫な紐を
首に付ける
それに輪っかを通して
スマホショルダーに付けることに
改良した
お耳に
ご主人様は
安物だけども
飾りを買って
付けてくれるように
春はお花
秋は百均の秋仕様の
ベルベットの髪飾りの
ピンを
お耳に付けてくれる
去年の冬は
お腹周りに
毛皮の飾りを付けてくれた
外出はいつも一緒だった
ウォッシャー 四
買って半年くらい
別の名前が付いていたが
アライグマは
洗う
洗うは英語でウォッシュ
だから
ウォッシャーと
名付けた
ウォッシャー 五
ごめんよ
アライグマじゃなかったんだよね
レッサーパンダだったんだよ
半年後にわかるなんて
怒ってるよね
だけど
ウォッシャーという名前は
気に入ってるらしい
ウォッシャーは言う
おら、なんまんだぶした
と
ご主人様の実の母親の通夜も一緒で
なんまんだぶしてくれたんだよね
レッサーパンダが
なんまんだぶしたから
大丈夫だよと
二年と半年を過ぎても
いつも一緒
弟分として
シロフクロウやキウイフルーツ
もいつも一緒で
いつの間にか
兄貴で長男になった
キュと鳴くウォッシャー
これからもよろしくねと
ウォッシャーとその兄弟達
こちらこそこれからも
よろしくね
さらに
フードパントリーに寄付された
ある障碍者施設の利用者が作った
手作りのキーホルダーが
四男に加わった
水 無 川 渉
アポカリプス
いつからこの四角い世界があるのか、おれは
知らない。ずっと以前からのような気もする
し、つい最近のような気もする。おれたちの
することはただ、「産めよ、増えよ、地に満
ちよ」との天からの声に従い、大地に広がる
こと。おかげで昔は赤茶けた土と雑草しかな
かったこの荒地が、ずいぶん賑やかになった。
古い古い伝承によると、ここにおれたちが住
み着く以前、この地には世界の半ばをおおう
巨大な宮殿がそびえ、神々がそこに住んでい
たということだが、本当のことは分からない。
おれのいる場所からは、世界の果てが見える。
いや正確には、世界の果てにある壁が天まで
届いているのが見える。いまだかつてその壁
を越えた者はいないが、最新の科学理論によ
ると、その向こうには、ここと全く同じよう
な四角い世界が存在している可能性が大きい
のだという。しかもそれだけではない。科学
者の中には、同じような世界は他にも無数に
あるのだと主張する者さえいる。そんな話を
聞いていると、おれの頭はくらくらしてくる。
それよりおれの心を悩ませているのは、未来
に関する予言の言葉だ。それによると、やが
てこの地の表面は一新され、そこに次の宮殿
が建てられるという。そしてその庭園には、
ただ選ばれた者たちだけが植えられるのだと。
多くの者はそんな話を迷信として一笑に付す。
この世界はいつまでも続いて、おれたちの繁
栄も終わることはないと固く信じているのだ。
だがおれは気になるのだ。ときどき雲一つな
い青空の下、遥かな壁の向こうから、遠い雷
鳴のような響きがかすかに聞こえてくるのが。
滝 本 政 博
旅にでる
角を曲がればいつだって
野原が
あればいいな
風が吹いていればさ
かつては町中を歩きまわったものだ
いまは見る影もなくオンボロなのだ
喉が渇く 胸が焼ける
酒を飲まないだけ偉いだろ
断酒は継続中
心臓弁膜症は経過観察
あとは何だっけ
そこいらじゅうにガタが来ている
明け方におしめり
出発する
ここで野の花の名を二つ三つ言えたらいいのに
ものを知らないのは悲しいことです
詩の一つも書けない
眠たいのです
昨夜飲んだ眠剤から冷めきっていない
ゆらゆらと まったくもう
歩いてゆくよ
つまり旅とは俺の詩だ
よくぞ出かけたものだ
えらいぞ俺！
角を曲がればいつだって
野原が
あればいいな
風が吹いていればさ
犬は吠えるものである
犬が吠えた
サイレント映画では犬は声を発することが出来ない
犬の声を聴くには一九二七年、一九二八年を境に
映画が声を持つまで待たなければならない
映画はその頃を境に急速に音声映画（トーキー）となる
日本では弁士の存在がありトーキーへの移行は
諸外国よりゆるやかに進む
犬が吠えた
酔っ払いの国で
蜜蜂は花に酔い地面に落ちた ぽとぽとと
人は苦い労働をする
いくばくかの銭を稼ぎ
夜にはまた酔っぱらうため
誰もが何かを忘れたがっている
通りでは物売りが声を張り上げるが
特段に売り物は見当たらない
叫びたいだけなのかもしれない
犬は千鳥足で歩く
犬が吠えた
花火に怯えて
ドンと鳴り開かれた扇
一瞬の輝きの潔さ
闇を刺繍した極彩色が
瞬時にほどけてゆく
善悪を読み取るいとまもなく
犬が吠えた
サイレント映画の中で
弁士がわんわんと言う
弁士とはサイレント映画の職業的解説者である
映画に合わせて台詞なども喋った
日本は人形浄瑠璃などの伝統もあり
そのようなことも受け入れやすかったのか
つまり諸外国で映画に声のない時代にも
日本には当たりまえのように声が付いていたのだ
日本独自の特殊な映画事情である
日本ではサイレント映画でも犬は吠え人は喋るのだ
亡 霊
爆弾で
引き裂かれ
体が二つになりました
焼夷弾で焼け死にました
火がついたまま走りました
走りながら死にました
犬は死にました
原子爆弾で一瞬にして
死にました
広島で
長崎で
焼けただれ
鼻血を出して
苦しみながら犬は死にました
戦争にいった犬もいました
軍用犬
（ウィキペディアより）犬を軍事目的に飼いならすことは古代より
行われており、人間より優れた視覚や嗅覚を用いた警戒・捜索・探
知能力に加え、直接的な攻撃能力でも重宝されてきた。（略）その
能力は高く評価されており、第一次世界大戦、第二次世界大戦、湾
岸戦争、イラク戦争でも投入されている。
死にました
ガスマスクを着けたまま殉死しました
ミサイルが落ちれば
犬は死にました
仔犬が死にました
年取った犬が死にました
たくさん たくさん
死にました
これからも死にました
繰り返し死にました
薄暗い影が音もたてず
黄昏れ時に歩きまわります
犬の亡霊です
死んでいることに気づいていないのか
ときおり人の後をついてゆきます
紗 野 玲 空
霧雨の三内丸山
何千年もの昔
北の大地に降り注いだ雨よ
凛冽たる大気を巡り
津軽の風に遺響を刻み
今 錫色の空に再びたゆたい
三内丸山を濡らす霧雨となって蘇る
雨に抱かれ
この地の時代がほどけはじめる
白糸の滴の中 溶けて霞む
聳え立つやぐら
空を突き刺す 巨大な六本の柱
雨の匂いに蘇る
栗柱の心奥に眠る記憶
雨を裂き 時を貫き
やぐらの頂に 縄文の人を見る
鋭い眼差しで 村を見渡し
星の配列を読み
風の歌に耳を澄ます
天と地のあわいに立ち
神々と向き合う
巨大柱は時の梯子
縄文の魂は頂に登り
現代を生きる私へ
この大地にいかに立つべきか⋯⋯
問いを放つ
答えを持たぬまま
霧の中に溶けてゆく
柱の影は己の影と重なり
骨の奥へ
雨粒と共に沈んでゆく
私の奥にも
受け継がれてきた縄文の血が
応えきれぬまま ざわめいている
霧雨はやまない
縄文人の叫びも耳奥に続く
ぼんやりとした頭に その余響を抱え
現代という時代へ
戻ってゆく
荻 座 利 守
街の枯れ吹雪
背の高い
ビルとビルとの間
狭い小径に
横なぐりの落葉が
降りしきる
高いビルの数多立つ
街を吹く風は
行く手を阻まれ
思い通りに進めぬ
もどかしさを
その宿命に彩られた
街路樹の葉に
ぶつけて
行き急ぐ街の性に
憑かれたかの如く
無数の踊る渋色の葉を
この小径の上
横なぐりに運んでゆく
季の幕間のひととき
通り過ぎゆく枯れ吹雪
寂寞の淡い光を一片
靴音を刻む人々の
一瞬の瞳に置き残して
振り向かずに去ってゆく
秋 冬
蓑虫の日
せっかくの休み
なのに 部屋にいる彼
せっかくの休み
だから 部屋にいる彼女
休みであること
部屋にいること
は同じだけれど
思いはそれぞれ
正解は
自分で
自分が
正解だ
誰かと比べると
自分を見失う
自分を見失うと
生きている意味が
分からなくなる
着替えたければ
着替えればいい
着替えたくなければ
着替えなければいい
正解
なんて
ないのだ
正解を
求めるから
苦しくなる
彼と彼女の物語を
ベッドから
抜け出さないまま
スマホに書き込む
一昨日の今頃は
電車を乗り継ぎ
会社の机に座っていた
もちろん
髭を剃り
スーツに着替えて
誰かに迷惑をかけてはいけないが
誰にも迷惑をかけていないならば
とやかく言われることはないはずだ
腹が減れば
ベッドから抜け出し
何かを食べる
何かは
何かで
何でもいい
健康的だとか
消化に良いとか
カロリーなんて気にしない
食べたくなったら
好きなものを好きなだけ
食べるのだ
明日の今頃は
電車を乗り継ぎ
会社の机に座っている
もちろん
髭を剃り
スーツに着替えて
今更だけど
僕って偉くないか？
自分で
自分を
褒めてやりたい
誰も
褒めてくれない
けど
僕なりに
良くやっている
ときどき
蓑虫になって
遅刻する夢を見る
今日の僕は
蓑虫でいい
昨日も一日
蓑虫だった
蓑虫は二日目だが
まったく飽きない
彼も彼女も
好きなように
生きればいい
人間をやめて
蓑虫になってもいい
なのに
明日になれば
僕は
髭を剃り
スーツを着て
人間に戻る
みんなから
煙たがれる
真面目人間に
その店は
その店は
狭い山道を上り
左折を知らせる小さな看板の先にある
看板を見落とすと
更に狭い山道を上り
いつの間にか下りとなり
その店を見つけることはできない
大きな看板にしたらどうです？
店主に聞いたら
気づかない方とは縁がなかった、ということです
とにこやかに答えてくれた
小さな看板は
置かれる場所が
ころころ変わる
ここを左です
200m先を左です
5分後に左です
←
マジックで書かれた
色んな看板が
客を迷わす
油断すると
見事に見落とす
僕がその店に辿り着くのは
三回に二回くらいだ
その店は
縁という名の蕎麦屋で
店主と店主の夫の二人で営まれている
カーナビを頼ると
大変なことになるから
お薦めしない
辿り着いても
売切で食べられないことも
三回に一回ほど
縁の夫婦は
人間ではないらしい
という噂も耳にする
尻尾を見たとか
夜になると空を飛ぶだとか
おそらく
辿り着けなかった人たちの
遠吠えなのだろう
食の恨みは
恐ろしい
噂のせいで
客が増え
いつの間にか
看板は消えた
僕がその店に辿り着くのは
三回に一回になった
美味けりゃ
獣だろうが
バケモノだろうが
何だっていい
その店は
狭い山道を上り
どこかを左折した先にある
十割蕎麦の
辛味大根ぶっかけ
メニューは
ただひとつ
迷うことはない
風呂詩
忙しい時ほど
ふやけるまで
疲れも
嫌な奴も
穢れだって
剥がれて溶けて 消える
風呂に入るために
今日を生きたんだな
オイラは
あぁ
極楽
極楽
生活は難しいが
人生は易しいのかもしれない
裸になれば
怖いものはない
身を守り
肩書にしがみつき
自分を殺し
歯を喰いしばるのは
自分でない自分
風呂場で
無防備になるとき
オイラは無敵だ
山 雀 ぐ り
満員電車
クローゼットは満員電車
スーツ姿のサラリーマンや
ロングコートの背高のっぽ
年中アロハのお調子者や
でも みんな顔がない
かつ 異様に胸が薄い
針金一本 はかなげに
くっつきあって立っている
かれこれもう何年も──
あの革ジャンミュージシャン
あいつなんかもう三十年
一番奥で立ちっぱなしだ
今朝も私は寝ぼけまなこで
いつものスーツを手にとった
慣れた手つきでネクタイを締め
急に冷えこんだ今朝
今冬初のコートをはおり
でたらめなロックを口ずさみつつ駅へ
今日もまたのっぺらぼうで
満員電車に乗りこんだ
準 備
今日も とある産婦人科で
元気な男児が 産声あげる
今日も とある町工場では
小さなネジが つくられる
今日も とある山の斜面に
ひのきの苗が 植えられる
やがて 男児は成長し
葬儀会社に 入社する
やがて ネジはエンジンにつき
霊柩車へと 搭載される
ひのきは
ひつぎに……
うららかな午後
でも 準備は進んでいる
確実に
ぬかりなく
ネジ一本 もらさずに
ああ
私の葬儀の司会者は
──もうどこかにいるのだろうね
山 本 葉 月
仕 事
毎日毎日家に帰ると
秘密の汚れを抱えている
だれにも言えない
何かどす黒いものを抱えながら
今日も私は仕事に行く
そろそろ業務に慣れてきたころ
ひどく転んでしまうことがある
今日はそんな日だった
足元が不安定な利用者さんを
お部屋の椅子に座らせた後
私は玄関に置いた買い物袋を
取りに走った
走らなくてもよかったのに
たった五センチほどの段差につまずいた
利用者さんと一緒でなくてよかった
という気持ちと自分の油断を恥じる気持ちと
失敗を認めたくない気持ちと
転んだ私の足からにじみ出る血
たった数センチの段を越えられなかった
老いたのだろうか 油断だろうか
どちらにしても
私の足から血が出ている
痛みだろうか
恥ずかしさだろうか
悔しさだろうか
また誰にも言えない
私だけの澱んだ秘密の汚れが増えた
学級閉鎖までの一時間
冬の朝はぎりぎりまで寝る
目覚まし時計はかけない派なので
カーテンは開けっ放しだ
最近はようやく六時半くらいに
うっすらと外が明るくなる
起床の合図だ
やおら布団を持ち上げ
出来る限り元気にベッドから降りる
洗面所で顔を洗う
台所に向かい冷蔵庫を開ける
卵に青梗菜にウインナー
今日のお弁当を作り始める
同時に珈琲を沸かし
トーストをトースターに入れる
トースターがチンと音を
立てるのと同時に
お弁当も出来上がり
さあ朝ごはんにしましょうかと
椅子に座る
と 電話が鳴り始めた
職場からだ
なんとなく内容を予想しながら
電話に出る
先生がおはようございます
まだ家を出ていませんか？
今日から三日間一年二組学級閉鎖に
なってしまいました
予想通りだ
今日から私も三日間の休みだ
ただいつも通りの
朝一時間ほどの
戦いは終えてしまったのだが
田志 健斗
ふざけた神話
夜の空気が
あんまり澄んでいるから
星のまつ毛や
小惑星のあざすら
見えてしまいそう
ベランダで
あたらしい星座をつくる
オリオンを裁ち切り
シリウスをつまむ
ステンドを割ったような
一等星の散らばり
運良くそこにいた
六等星の抜擢
星を結んだ役者たちが演じる
ふざけた神話
ハピネスやリビドーを
冬の空に透かして
はじける徹夜の果実
眠れない夜の
うわずった脳を
そのまま夜空に走らせて
明日のことなんて忘れて
せっせと創世
枕元には残らない神話
深い隈だけ置いてゆく神話
ひとりぼっちの神様は
そろそろ風邪をひいてしまいそう
ひとりぼっちの神様は
明日きっと寝坊しそう
けれどまだまだ
やめられなさそう
ま る ま る
こんなにも私 面倒くさがりだったけど
生きている間に
どれだけたくさんやれるかが大事
これは中学生の頃の考え
どれだけやれるか から
どれだけ考えるか
いつの間にか 変わっていたけど
割と何でもやってみたくて
編み物だったり書道やプール
ヨガの体験にも行ってみた
私の周りにはいろいろあった
今は
お風呂に入るのも面倒くさい
毎日の買い物も
自分で録画した番組をただ観ることさえ
一日延ばし
たまに やるぞと立ち上がっても
一つ終わると次なんだっけ？
ようやくやる気のわいた日は
やり損なってしまわないため
あれこれやる事 書き出しておく
わあ いっぱい
……仕方がない やろう！
朝ごはんの支度をしながら
指を乗せたのは洗濯機
その瞬間
私のスイッチも入ったらしい
あっちこっちに手を延ばし 菜箸片手にバタバタ動く
脱水された洗濯物が 干して干してと待っている
出しっぱなしの掃除機をしまって
洗った衣類を日に干した
次は？
いやその前に
忘れてはならないことがある
書き出した紙の「洗濯」の文字
黒い線で 塗りつぶす
ふふ 一つ終わった
おっと まな板の漂白
そうだ 書くのを忘れてやっちゃった
えい！終わってるけど書いてもいいよね
線で潰さないといけないから
これで 二つ
ヤル気はまだまだ たっぷり
この紙はただのメモでなく 記録
書かれたことは
全部がそれぞれ 小さなゴール
頭で予定している時は
まだあれもある これもあるで
三つめくらいから嫌になる なのに
紙に書いてならべるだけで
次はこれ その次は？と腕まくり
あ これ街のチャイムかな
もうお昼なんだ
手を付けていないのは一つ二つ…四つ
でも今日は これでおしまい
お昼までって決めていたから
温かいコーヒーを飲みながら何となく
大事なのは
生きている間にどれだけ
気分よく やれるか
上田 一眞
河鹿の啼く谷
１. 昭和39年夏 林間学校
柚木(ゆのき)小学校の講堂で
寝泊まりしていた僕たちは
その日
滑(なめら)の渓谷に向かった
谷あいの杣道を一時間半ばかり歩き
河原で飯盒炊さんの準備をしていたときだ
木々を濡らす突然の雨
皆一斉に
低い橋の下に退避した
飯盒を置いたまま
小一時間ほど雨宿りしたと思う
河原をさあっと光が射した
そして
ある調べが耳に届いた
ルルルルル カカカカカ
フィ フィ フィ フィー
なんだろう 鳥かな？蝉かな？
せせらぎと共鳴する澄んだ音色
それが河鹿蛙の啼き声だと知るのは
随分後のことなのだが
そのとき
蜩とともに奏でる河鹿の歌声は
天使の囁きに聞こえた
２. 令和７年初冬 自宅
夜ごと夢の中で
〈過去〉という亡者どもが押し寄せる
黒い妄想と呼ぶべき
悪夢は
自分の脳髄を支配する
安眠を得たい
うつに罹患してから今に至る
十年越しの願いだ
寝床についたとき
スマホから睡眠用BGMを選び
耳元に置く
そして
あるイメージを脳裏に描く
木漏れ日の下の
蜩の啼き声
それに合わせる
河鹿の歌声
ひとひら ひとひら
白い花水木の花びらを優しく置くように
脳裏に二つの音を重ねる
カナカナカナカナ
カナカナカナカナ
ルルルルル カカカカカ
フィ フィ フィ フィー
六十年の時を超え
瞼に滑渓谷のイメージが蘇る
蛍舞い
アマゴ泳ぐ桃源郷に
蜩と河鹿の歌声が響く
導眠がスムーズになり
悪夢からも解き放たれ
ようやく
私は心の安穏を得たようだ
夢の中
美しい谷を渉猟する自分の姿が
そこにあった
杉森 ひでお（温泉郷）
夏の想い出
銅製の少年
君は
何を想い出すのか
にこやかに
右手の人差し指で
空を指している
こんな大通りの四辻に
「夏の想い出」は
もう…
何十年もたっている
何年前からか
「夏の思い出」は
体を隠し
折々の衣装を
着せられるようになった
ハロウィーンの
似合わない衣装
訓練用の消防服
ドテラ
スキーウェア
薄手のセーター
そして 夏！
祭りのパッピ
水着にゴーグル
喧騒の中
夏の想い出が
更新されて
季節が変わる
着替えが
間に合わなかった
秋の１日…
本当の
「夏の想い出」が
都会の喧騒に
現れた
銅製の
ほっそりとした
裸体
わずかな
間隙の日に
夏の想い出は
生まれたままの姿で
遠く遠く
天を望み
雲を刺す
草原の窓
丸い天窓から
冬には雪が振り込み
夏には砂が舞い落ちる
ときに
馬がニヤッと覗く
旅人は
砂地に横たわり
肩の辺りの
石の硬さを避けて
眠れない夜を眠る
草原には
人の歴史があるというが
草原には
関係のないこと
草原は
花を養い花が枯れ
馬を養い馬が消え
人を養い人が消え
草原の民よ…
パオの中に
人の歴史は閉じ込められ
草原は
姿を変えずに
姿を変えた
草原を走る
幻の騎馬が
白い人を驚かせて
やがて遠い記憶と
なり果てる
ああ
それが
現実の騎馬となって
砂埃とともに
こちらに
確実に向かってくる
肩に食い込む
岩の棘
その揺れと
その音が
閉じ込められた
歴史を開き
パオの窓から
雪崩てくるのだ
放物線
たゆたうオレンジの水
魚も貝もいない
大きな水槽が
水族館の呼び物
学芸員が注意する
総体を味わってください
全体を見てください
決して凝視してはいけません
父に手をつながれて
水槽を見上げる子ども
父はただ
子どもの頭に手を置き
水槽をうっとりと
見つめている
周りの大人もみな
うっとりと…
子どもは
ただ 水槽を見ていた
子どもは
じっと目を凝らす
浮かんできた兄の顔
好きだった兄の顔
兄の顔は
消えてゆく
浮かんできた
遠い国の
知らない子どもの顔
遠い国の
知らない子どもの顔は
消えてゆく
子どもは
水槽に
そろそろと手を伸ばす…
学芸員が子どもの肩に
やさしく手を置いた
はっとして
いわれたとおり
全体を見る
たゆたう
オレンジの美しい水
子どもは
父を見上げて
水槽の水をながめる
うっとりと
もう何も
浮かんではこない
く れ
無人ヘリ
無人ヘリを飛ばすという
除染が手つかずになっている山林の上を飛んで
放射線量を把握する為に
有人ヘリは
航空法で高度３００メートル以下での
飛行は禁止されているが
無人ヘリは
高度８０メートルの低空飛行が可能になる
今も、福島県には
居住できない帰還困難区域が
大熊町や双葉町など
７市町村の約３００平方キロメートルに広がっている
県内外への避難者は
約２万６千人にも上り
早期の避難指示解除が求められているが
このエリアは山林が多く
放射線量の正確な測定が課題となっていた
この無人ヘリは遠隔で操作されるという
放射線量の測定は、周辺の地形に影響されやすいので
山林との距離が近くなれば
より正確性が高まる
現在は、山林の一部で
周辺の地形を把握できる特殊な機器を活用しながら
機器の入ったリュックサックを背負い
タブレットを用いて
担当者が測定している
この無人ヘリによる実証実験は
２０２５年１０月８日から１１月４日まで
葛尾村の帰還困難区域や
避難指示が解除されたエリアで行われた
もう少しエリアが広がり
電波が弱い山林でのデータが揃えば実用化できる
もしかすると
除染すれば
人が住めるエリアが見つかるかも知れない
これは、小さな希望だ
何となく
古里の山に向かって口笛を吹いて見たくなった
無人ヘリを飛ばすという
そんな情報に、高揚するものを
抑えきれないでいる
＊２０２５年１１月１９日の福島民報記事を参照
冬の窓
月カレンダーの
薄い揺れが、とても気になる
それではと、そう広くはない居間に
掘り炬燵を広げたら
急に窮屈になったからなのだろう
猫が文句をいっている
猫の文句を聞きながら
炬燵の上には
静物が似合うと教えられてきたので
ミカンを一つ置いた
甘い香りが
ふんわりと居間の中に広がっていくと
その背から、そろそろでしょうと
声が聞えてきた
そろそろですよね と
合槌を打ちながら
秋の窓を取り外して冬の窓をはめ込んだ
窓は季節の色合いを見極めながら交換するのだが
小さな感性は欠かせない
ときどき、庭先で
きりりと風が左右に分かれていく
少しずつ窓が曇ってきたようだ
猫の手が
文字を書くような仕草で左右に動き始めた
何かの深い理由があるのだろうが
鋭い爪であっても
窓の曇りは消せない
居間には
窓がカタリと揺れれば
その揺れに反応しようとする時間が
ゆっくりと流れている
だからなのだろう、その時間が立ち止まるたびに
冬薔薇の棘の痛さまで
考えてしまうのは
窓の曇りは
猫の爪跡を残したままだ
瀬 未
祝 福
手のひらでやっと掴める大きな林檎に
なるべく薄く
ナイフの刃を沿わせ
螺旋を生み出してゆく
途切れないように
できるだけ長く繋がりますように
くるくると実を回し
無心に皮を剥く
今夜はまた
ひときわ冷え込んでいる
予報では
これから雪が降るらしい
年々
一年を短く感じるのは
興味があちこちへ散らばって
注意力が散漫になるからかもしれない
あるいは
こうして一点に集中するあまり
他のことが目に入らなくなるせいかもしれない
三百六十五日もあったというのに
気づいたら
あっという間
今年も
それなりに丁寧に
ひとしなみに過ごしてきたつもりだけれど
気忙しい暮らしのなかで
その速さは本当に人並だっただろうか
くるくると
林檎の螺旋は
まだ続いている
誰もが
いつも同じとは限らない
体と心の波
浮き沈みのある不安定な道を
私たちは歩いている
めぐる季節を
上り坂や下り坂
皆がそれぞれの高さで迎えるから
俯瞰で眺めれば
一緒の円上にいるように見えても
視点をずらすと
あなたと私
きっと別の位置にいる
伸びたり縮んだり
時の魔法にかけられて
水は流れ
砂は落ち
思い出は宙に舞う
等しく与えられたはずの一年が
人によっては
半分にも
二倍にもなる
繰り返しているようで
もう戻れない
いくつもの残像を抱え
くるくると旋回しながら
次の場所へ
かけがえのない
このサイクルこそが
今年を今年たらしめ
もうすぐ
今日が終わる
遠くから
厳かな鐘の音(ね)が
さざなみのように押し寄せ
耳を包む
ほどなく届いたメッセージには
“おめでとう”
林檎の香りに満ちた部屋で
あなたの言葉が今
しずかに光り始める