さよなら袋
今までありがとう
いっとき両手で包んでから
さよなら袋に入れていきます
ひとつづつ
ひとつづつ
最初は
ほんの少し
泣きたくなるけれど
やっているうちに
体の真ん中を
しゃんとしたものが
通っているようになって
唇から何度でも
ありがとうが溢れだします
今日はあなたの番です
想像よりずっと躊躇なく
さよならを告げていく
横顔に驚いています
私が30秒に一回だったら
あなたは10秒に一回のペースです
無理に手放す必要ないんだよ
という言葉はするりとかわされて
思い出が棲んでいる引きだしは
みるみるうちに
空っぽになっていきます
足掛け三年をかけて
降り積もってきたものを
片付けてきました
少し持ちすぎて
いいえ 少しじゃなくて
ずいぶんと
とうとうたった一段の引き出しに
全部が収まってしまいました
さっきまで四段分もあったのに
ねえ さよならで
本当に大丈夫？
もう一度聞いておきます
うん大丈夫
思い出は
思い出せばいいのだし
前に向かって
進んでいるんだから
凛とした瞳は
揺らぐことはありません
さよなら袋の口を
きゅっと閉めました
片付けをしていたのは
過去を整理するためでも
肩の荷を軽くするためでも
なかったようです
不思議なことに
手放し
見送ったからこそ
取り戻したものがあるようです
これからも
歩いていけそうです
前に向かって
何ひとつ減っていない
思い出と一緒に
青 島 江 里
帰 巣
あの人はきっと
僕にだって誰にだって
嘘で人を踊らせることなどしない
駅へと急ぐ日の
ラッシュアワーの太陽
はなうたまじりで
前をゆくあの人の背中を
照らす一点の光は
まっすぐまともに反射して
こころもとない
僕の足元にまで及ぶ
眩しい記憶となり沈んでゆく
そんなことを
思っているとは知らない
いつものせっかちなあの人は
電車に間に合わないって
くるりとふりかえる
慌てる小鳥のように
両手をはたはたさせながらも
おくれる僕のことを待ってくれる
安堵のねぐらに急ぐ夕暮れ
確かにもうすぐ夜はやってくる
あの人なりのせっかちは
わかる人にはわかるぬくもり
溺れそうになる人波の中でも
はっきりと浮かんでくる
改札口の手前
真っ白な小鳥のように
キョトンと首を傾けながら
待ってくれる姿を
足早に追いかけているうちに
ふいに僕は
初めて知った夕刻の空を
羽ばたいた
小鳥のような気持ちになって
いつのまにか釣られ釣られて
あの人と同じように
さえずりながら飛んでいた
安堵のねぐらを目指しながら
浮かれ浮かれて
踊るように跳ねていた
急がなきゃ
急がなきゃ
もう誰にも騙されない夜に
井 嶋 り ゅ う
落ち葉
１１月の落ち葉が舞っている
目的を持って集まり始める喫煙者たちみたいに
煙草を吸う私の足元で渦を巻いている
見えない糸で操られているかのような
乱れることのない輪を描いて
ぐるんぐるんと
おつかれさま
寒くなったね
集団が入り込んできて
カチカチとライターを擦っている間に
私は一歩横へとずれる
もう産まれたんだっけ？
マイホームとか買っちゃう感じ？
数名の歓声が
大通りを走る車の音と混ざりあって
冷たい風が吹く
持ち物みたいに
憑き物みたいに
ぐるんぐるんぐるん
私の足元へとまとわりついてくる
夏は青々と緑色だったのだろうこの街も
なだめられるために電飾をまとうわけではない
さり気なくこの輪を蹴ってみると
吸い付くように私の靴先を覆い
またそこから新しい方程式が生まれたみたいに
落ち葉は回り始めた
辺りには渦巻きがところどころに発生していて
まるで誰かが作った落とし穴みたいで
ほら差し出してごらん
その幸福の続きを守るための
ありきたりな日常を
遠くでクラクションが鳴る
幸運なものを見つけたみたいに
私は落ち葉を見ている
齋 藤 純 二
それぞれとそれぞれに
僕が三本指で考えていたころ
父さんは五本指で考えていた
母さんは家族で唯一考えることがなく
兄さんといえば上手にお尻で考えていた
くるっぷー くるっぷー
なんて幸せ家族だったのだろう
今となってしまえば
僕は我慢好きな漬物石で
父さんは散歩する墓石になって
母さんは石を忘れ砂に憧れ
兄さんといえば蹴飛ばされた石になり
くるりんぱっ くるりんぱっ
なんて夢ある家族に進化したのだろ
明日という日にごきげんよう
とうとう僕は五本指で考えるようになり
父さんは富士山を帽子にして
母さんはマイクロな身に合う所を探し
兄さんといえば相変わらず飛ぶのだろう
くんったったー くんったったー
なんて素晴らしい家族なんだろう
あ さ ぎ
それは
目をとじる
それはうす暗い
眼球の在り処に熱量
下りたまぶたと皮膚の接着点
境目を感じる
感じ方は
重さと
力の増
次第にうす暗いことを忘れてくる
同期していく
背景となっていく
境目は結ばれて
一本の線になる
横に伸びて広がっていく
東西の果てへ
果ての旅は
知覚を超えていて
止まっているかのよう
静寂の間
それは地平線
夜明けを待つ
綴 木 黎
あったかい
あったかいって
生きている
あったかいって
やさしい
あったかいって
美味しい
あったかいって
嬉しい
あったかいって
守られる
あったかいって
安心する
あったかいが
身に沁みる
あったかいに
救われる
あったかいは
当たり前じゃない
けれど皆が
あったかいを
求めている
ご飯を食べに来た
店内は
あったかいね
温かいお茶を
あなたも
私もずずずっと
飲み始める
この季節は
一段と
あったかいが良い
やさしい温もりが
此処其処に
ハートにも作られる
そして
それは言葉になって
笑顔にも変わる
あったかい
冬の思い出は
また一つ
増えていく
かすみ じゅん
今日が乏しくとも
幸せってWhat？
いつも不安定さ
気の持ちようかな
それとも財布の
膨らみ具合かも
成功だよdietには
けど揺れるやる気
今宵はまだ
smart phoneの
歩数計は0step
さっき見たばかり
小振り漁船が集う
歴史ある港町の
古い観光マップを
映し部屋の暗闇に
imageで眺めてる
旅カモメになって
青抜ける空で舞い
panoramaの景色を
緩やかに流れる
柔かな時間の中を
滑るよう灘らかに
現実的には
最果てにも辿れる
筈だけどきっと
終わらせたくない
考えてる胸の奥で
夢見ることを
忘れたくないんだ
それが頼りない
想い出に変わって
しまうよりは
さあ思うが儘に
縦横に羽ばたいて
無垢な心の翼で
確実にある皆にも
道程はここからが
丁度面白いところ
自分以外の誰にも
止めることも
邪魔さえ出来ない
必要なものは
自らの想像力
自由なんだよ
rule違反何てない
週末に月で遊べる
余裕はないけれど
僕らは気分次第
世界中どこにだって
飛んで行けるんだ
弱気な秋の biorhythm
ちょっと俯き
先々の身の
処し方を暫し
考え込んだり
ふっと忘れた
遣り掛けの事
思い出そうと
宙を眺めたり
まだ空白の
明日の予定を
埋めようと
喘いでみたり
長過ぎる宵中
持て余す時間
こねくり返し
結局の所何も
捗ってない
昨今を顧みる
独りきり静か
冷え捲りな
真夜中の片隅
相変わらずの
暗染まる室で
温い毛布を被り
胸懐を覗き込む
じいいいっと
想い凝らしても
底は見えない
空っぽの穴が
貪欲に大口開け
全て吞み込み
銀河の彼方に
放り投げてる
そんな気がする
縫い合わせりゃ
塞がるものでも
眼を背ければ
飛んでくものでも
ほじくり返しゃ
辿れるものでも
無い筈だよね
この際洗い浚い
蹴散らしてやろう
一層のこと
居間の卓袱台
引っ繰り返す
寸劇の爆発親父
みたいにさ
大の字に寝転び
消しゴムの滓に
出来そう今夜は
例えばこの
自分の躰が
薄ら暈ける
輪郭だけを残して
中身を丸っきし
磨り減らした
骨肉の欠片も
無しの伽藍堂に
気づかぬ内に
成り果てて
居たとしてもね
※biorhythm
…周期的な生体内の変動
富士伊 真夜
障害福祉サービス受給者証発行トラブル 一
障害福祉サービス受給者証
聞き慣れない言葉であろう
現在日曜日の朝だが
これは金曜日に市役所の障害福祉課から
届いたものである
障害福祉サービス受給者証は
市役所の障害福祉課が発行するものである
これがないと
就労継続支援B型やグループホームが利用出来ない
さらには計画相談支援員も利用出来ない
この計画相談支援員利用がくせ者なのである
私がどうやってこの障害者福祉サービス受給者証を
障害福祉課から発行してもらったかというと
障害者自身がセルフケアプランというのを自身で作成し
障害福祉課に提出する
私は自分で作成するのが当たり前になっていたので
一人暮らしをしてからは
自身でセルフケアプランを
作成して
障害福祉サービス受給者証を
更新もしたものだ
しかし精神障害者計画相談支援員も
精神障害者から
聞き取りをして
このセルフケアプランを
作成出来るのである
障害福祉サービス受給者証には
計画相談支援給付費の支給内容の欄もある
私は利用していないため
空欄である
ということは
精神障害者計画相談支援員を利用すると
それを雇っている
特定指定相談支援事業所に
金が入るわけである
障害福祉サービス受給者証発行トラブル 二
話はさかのぼる
土曜日の午後
精神病院の中庭で会った
グループホームを利用する彼は
私の障害福祉サービス受給者証の
セルフケアプランについて
話すと分からないと言った
さらに事情に聞くに
障害福祉サービス受給者証を
発行してもらうにあたり
サインをするだけだと言う
このケースは
まさに
精神障害者計画相談支援員が
バックに存在するケースである
言い方悪いが
精神障害者自身が
自分でセルフケアプランを
作成する能力がなくて
精神障害者計画相談支援員に
生活を事細かに観察され
セルフケアプランを
作成されているのである
私は先々週の木曜日に
市役所の障害福祉課に出向き
自身で
セルフケアプランを作成した
内容としては
一週間の生活のスケジュールの報告である
本当に言い方悪いけど
これの作成を
障害者計画相談支援員に
ゆだねることで
それはモニタリング期間が
発生し
費用もかかり
話し合いの機会も
それだけ手をかけないといけない
精神障害者がいるということだ
障害福祉サービス受給者証発行トラブル 三
話はさらに飛ぶ
木曜日
私は新たに利用する
就労継続支援B型にいた
サービス管理責任者が
密室で
私と契約を交わす
そこで
私に
計画相談支援員がついていないことを理由に
精神障害者計画相談支援員をつける案を提案する
わかるだろうか
就労継続支援B型を利用するにあたり
障害福祉サービス受給者証は必要不可欠である
私はセルフケアプランを
自身で作成してきたと
何度も説明している
精神障害者計画相談支援員を紹介すると言う
仕事が雑になるから
あんまり人をとらないと言うのよと言った
さらに
市も精神障害者計画相談支援員をつけることを推奨していて
相談先が増えることはいい事だとも言う
私は何故かパニックになった
興奮するのを無理に止められる
とにかく話が平行線である
他の市から
わざわざその
精神障害者計画相談支援員が
来てくれるそうである
私が市に提出した
セルフケアプランのコピーを
欲しがる
悪質な話にしか
聞こえない
他の市から
わざわざ来なくていい
私は自分で出来ると説明している
聞く耳持たないのは誰だ
その市で
今ある精神障害者の世話を
していればいいんだ
わざわざ出張して来なくていい
人数を取りたくないなんて
嘘だ
想像するに
一部の精神障害者計画相談支援員は
就労継続支援B型に
まだそれを利用していない
精神障害者を
言い換えれば
新たな顧客を流してくれと
営業しているわけである
私は
新たな顧客として
餌食になるのである
精神障害者計画相談支援員と
就労継続支援B型に
どういう約定が
交わされているかは
分からない
持ちつ持たれつで
WinWinの関係だろう
障害福祉サービス受給者証発行トラブル 四
木曜日帰ってきて
一晩悩んだ
これは
今の市の
精神障害者相談支援センターに
相談する案件だと気づいた
私に
精神障害者計画相談支援員が
つかない訳があるはずだ
そう思った
障害福祉サービス受給者証発行トラブル 五
金曜日
市の精神障害者相談支援センターに電話する
一応担当者がいる
この方も
精神障害者計画相談支援員である
担当に告げる
新たに行く就労継続支援B型が
精神障害者計画相談支援員を
つけたがっていると
担当者は
私には
精神障害者計画相談支援員は必要ないと思っていると言った
だってこうやって
きちんと相談してくれるじゃないですかと
きちんと地域で生活出来ている
あなたに必要ないことがあなたを知らないから分からないんです
だからその就労継続支援B型に
説明します
電話番号教えてください
市の精神障害者相談支援センターだけはましで
信用出来ると思った
水 無 川 渉
糞
君の口癖は糞
どんな料理にも唐辛子をかける人のように
なんでも糞と言う
人生は糞
社会は糞
会社は糞
上司も同僚も家族も糞
どいつもこいつも糞
もちろん自分も糞
君の生きている世界は
見渡す限りの糞ケ原
黄褐色の胆汁の川には
白いカイチュウがのたくり
立ち込めるメタンの瘴気の中を
黒い蠅の群れが飛び交っている
向こうの糞ヶ丘の上を
巨大なサナダムシが這っていく
ねえ君は 考えたことがあるかい
糞は自然には生じない
だれかがひったもので
土色の糞になる前は
みずみずしい果物
きらめく鱗の魚
黄金色の稲穂だった
それを悪臭ふんぷんたる世界にしたのは
神でも悪魔でもなく人間だということを
世界はたしかに糞
でもそれは血便かも知れない
その病を癒すことを考えよう
蠅どもがたかってくる前に
糞を大地に還そう
もしかしたら
そこからきれいな花が咲くかもしれない
滝 本 政 博
（バロック）いつでも一緒
唇（赤）をかさね 頬を染めて
そら、（青）空は高く
（パッヘルベル カノン）
おいてきぼりを喰わせてやろうか
いつでも一緒（影のように）くっついて
ビル（科学館）の上までのぼった
ドアが開いていたので
屋上に出て風に晒された
ここでさよなら だ
ああ そのとき抱きしめてくれたね
これもまた吹き荒れる嵐だ
おもいがけないこだとしても
（パーセル アブデラザール組曲 ロンド）
ごらん もう日が暮れる
秋の日は釣瓶落とし
昼間に観たプラネタリウムみたいだ
ビル（科学館）を出て公園を歩いて
そら、空は（赤い）あっかんべぇの色です
夜の瞼が閉じてゆく山裾（金に）滲んで空は暮れてゆく
黒鍵の上に立ってそれを見ている
夜の海を渡る船になって
ゆらゆらゆられて
ここでさよなら だ
肩と肩をぶつけながら
いつでも一緒（影のように）くっついて
口笛を吹け
（カッチーニ アヴェ・マリア）
二人はまだまだ子どもです
唇（赤）をかさね 頬を染めて
巡礼の途中だ 教会の鐘が告げる
お腹には（赤ちゃん）が
もう三週目 遅れている
ハレルヤハレルヤ（神を讃えよ）
何処までもかしいでゆく足元
唇（赤）を噛みしめて 頬を染めて
夜が更けても帰れない二人
人々は去り 冷たい夜の底で
（ヘンデル 私を泣かせてください 歌劇「リナルド」）
紗 野 玲 空
願 い
琵琶湖の水面は いにしえより
うつし世の影を 映し続けてきた
岸を渡る風は 細波の煌めきを揺らし
千古の記憶を そっと運んでくる
ふと足を止め 耳を澄ます
水と風のあわいに漂う
願いの名残に⋯⋯
戦乱の世 いくさの炎に巻き込まれ
川に沈められ 土に埋められ
惨禍の中を 人々と共に
生き抜いてきた 仏たち
里の仏師が 心を込めて刻み
里の人々に 守られ
里の願いに 寄り添ってきた仏たち
十一の仏面を頭にいただき
それぞれの表情の奥に
無数の想いを宿し立つ
十一面観音菩薩
顔を 手を 足を⋯⋯ 失ってもなお
悲しみも 怒りも 嘆きも⋯⋯
人々の苦悩を その傷ついた身に受け
救いを願いとして 静かに歴史を生きてきた
傷だらけの仏に掌を合わせ
これ以上 何を願うことができようか
この瞬間も
世界の破壊の音は止まず
瓦礫の中の叫びは
誰の耳にも届かず散っていく
願いとは
声にならぬ 祈りのしずく
しずくが満ちれば
千古の争いの水はめぐり
やがて 穏やかな海に注ぐのだろうか
数多の哀しみを 涙と共に手放して
平和は 遠い理想だろうか
小さな手のぬくもりの中に宿り
誰かを思い 願う心の底で
ひっそりと息づいているものではないのか
憎しみが憎しみを呼ばぬように
水は静かに澄み渡り
穏やかな風が途切れることなく
吹きつづける日々へと
十一面観音は
怒りも悲しみも⋯⋯
取り除くのではなく
ありのままを抱きとめるように
森厳な眼差しを向け
すっくと立つ
荻 座 利 守
星間連絡船
死後の世界にいる
夢を見た
そこで私は
長い貨物列車が
通過するのを見ている
傍らに立っていた
その世界の案内人に
私は尋ねる
「この貨物列車は
どこに行くのですか」
「宇宙港に行きます
貨物は星間連絡船に積まれて
他の星へと運ばれます」
「他の星に？」
「はい
その星はまだ開拓中なので
多くの物資が必要なのです」
「そこには
原住民はいないのですか」
「はい
人間のような知的生物は
いませんでした」
「そこの生態系が
壊されないといいですね」
「それは充分注意しています
何しろ地球という
反面教師がいますから」
現世ではまだ
星間旅行は実現していない
それでも
地球沿岸の宇宙は
ゴミだらけだという
そのためだろうか
星間連絡船はここ
広大な浄土の本土である
真土の沖に浮かぶ
仮土ヶ島の宇宙港から
飛び立っている
壊れて打ち捨てられた物達
力尽きて生を終えた者達を
数多の希望とともに乗せて
はるかなる新たな星へと
旅立ってゆく
一縷の哀惜を顕す
純白に輝く煙の糸を
どこまでも澄みきった
青い空に残して
秋 冬
停 滞
床にこぼした水が
染み込むことなく
いつまでも液体でいるので
舌で掬ったら珈琲の味がして
昨日は珈琲を同じ場所にこぼした
ことを思い出し 一日生きた事実を噛みしめる
人間は成長しなくなったら
退化するのではなく停滞するらしい
前にも後ろにも行けず
右にも左にも動けない
僕は蒸発したいと願う
けれどそれもできない
誰にも掬われず
拭きとられることもなく
気化することもできずに行き止まり
生きている意味を
考える資格もない
停滞人間は無価値だと思う
役に立つこともなく
迷惑をかけることもないのに
生きていることがとても恥ずかしい
と思う自分に酔っている
自分がとても恥ずかしい
傘を失くした
買ったばかりの
折り畳み傘を
置き忘れた
日傘兼用だから
結構高かったのに
酔って憶えていないのだが
おそらく、電車だ
降車駅まで
濡れていなかったので
三度乗り換えるから
傘の行き先は不明である
飲まなきゃ良かった
眠らなきゃ良かった
何を悔いても
後の祭りである
仕方なく
コンビニで
ビニール傘を買う
週明け
部下から傘を渡された
近所で人気だという
フィナンシェと一緒に
酔っぱらって
何ひとつ
憶えていないのだが
店から駅まで一緒に傘をさして歩き
貸したらしい
酔うと
いい人になろうとする
のは 僕の悪い癖だ
ほんとうは
酔わなくとも
いい人でありたいのだけれど
ビニール傘と
フィナンシェ
どちらが高いのだろう？
素面の僕は損得勘定で生きている
点になる理由
ぽつねんと点になって
じっとしている休日は
カーテンで光を遮断し
孤の濃さを深める
贋が沈み
真が浮かぶ
どちらも
僕だけど
贋は真を好み
真も贋を好む
どちらも
僕だから
いつかは
すらすら
くねくね
気儘な線になりたい
その日のために
今日は点になる
膝を抱えて
夢を抱えて
山 雀 ぐ り
月に座る
三日月のソファーを買った
横から見ると弧になっていて
色も黄色い
夜 座る
月に座る
何もしない
誰もいない
灯りを消して
小さな部屋で
いや ここは空
果てしない闇
ああ この静けさよ
月も空でこんな気分か
窓を見る
月はなかった
そりゃそうだろう
だってここに〝いる〟のだから
やがて私がまどろむと
淡く光って浮かび上がる
くじら
芝生に寝転び
空を見る
いつぶりだろう
こんなふうに空と会うのは
空は今日 海だ
ふわふわと小魚の群れ
みんなどこへ行くんだろう
風を泳いで この大海原を
陽のにおい
うららかな午後
いつしか私は寝てしまい
目覚めると
魚はくじらになっていた
おい おまえ
まさか 魚たちを……
あわてる私に目もくれず
くじらは悠々空を泳いで
太陽を暗くし
芝生を黒くし
やがて私を 呑みこんだ
山 本 葉 月
ペトリコール
地上では 少女らが
曇り空の下 どんぐりを拾っている
細長いどんぐり 少し丸いどんぐり
少しかがんで小さい指で
ひとつふたつと集めていく
一人の子がお母さんに
ビニール袋はない？と聞いている
ないよ 今日は持ってきていないと
お母さんは答えている
少女はそう とだけ言って
手に持っていたプラタナスの
大きな葉にどんぐりを乗せていく
秋の収穫祭が始まる
プラタナスの葉いっぱいに
どんぐりが盛られると
それをそうっとそうっと
落とさないように砂場に運ぶ
少女らは微笑みながら
そうっとそうっと歩く
砂場にはさっき作った砂山
その前にプラタナスの葉と
どんぐりを供えようとする
あ いくつかのどんぐりは
やっぱりころころころころ
転がってしまう
少女らはそれを見て
ころころころころ笑い出す
またどんぐりを追いかけて
捕まえて そっと並べて
砂山の前にそっと置いた
その時雲の上では
雨の指揮者が
ちょうど手を振って
ぱらぱらぱらぱら
公園に冷たい雨が降り始めた
帰りましょうの合図みたいに
息子と白猫
真夜中に目が覚めた
窓の外は真っ暗
カーテンの隙間から
みかんの木が見える
冬が近づいてきているので
みかんの実が随分
大きくなっている
こんな時間に
起きているのは私くらいだろうか
暗闇の中で私はふわふわと
体が浮くような感覚に襲われる
ゆったりとした時間を
持て余していると
こんこんと足元で
出窓を軽くやわらかく
叩く音が聞こえる
視線を下に落とすと
そこにはきらきらと光る
金色の目の白猫
じっとこちらを見ている
もう三年も前から
顔見知りの白猫
あの頃父が亡くなって
ちょうど一週間過ぎたあたりから
急に現れた白猫
随分と過干渉だった父の視線を思い出す
何かと禁止事項の多かった家庭の中
静かに光る父の目つき
私はこの白猫がやっぱり苦手だ
それでも白猫と飽きずに
睨みあう 睨みあっていると
最近夜更かしの息子が起きてきた
現在深夜三時三十七分だと言う
白猫がまた出窓を
こんこんとやわらかく叩く
じっとしている私をよそに
息子は猫だとにこにこし
台所から鰹節を持ってきた
出窓を開けると慣れた手つきで
白猫に鰹節を食べさせ始めた
なんと私が知らない間に
すっかり私の苦手な白猫と
仲良くなっていた
白猫は一通り食べ終えると
また視線をこちらに戻して
私を一瞥する
ふっと視線を逸らし
くるりと体を反転
尻尾を揺らしながら
これでいいんだよと呟いて
また夜に溶けていった
田志 健斗
交通月間
国道を
制限速度をまもって
走っています
交通月間なのか
ミニパトがやたら多くて
丁寧でやるせない運転を
みんなしていて
標識のとおりに生きると
人間こうもぎこちなくなるのですね
ルールに縛られるとは よく言いますが
人間の自然は
ルールとルールの間の
空間にのみあるのだなと
こういう時思います
そこに
うまい酸素があり
自由な関節があり
懐かしい枕があるのです
ミニパトのドライバーは
何を思うでしょう
普段は守らない
踏切の一時停止をぴたりと止まって
何を思うのでしょう
人間の自然を
ある意味で作り出している
自負などは 多分ないはずです
いつもより
一つも二つも多い信号待ちで
音楽を聴き 窓を開け
街路樹の銀杏を目の端に引っ掛けて
家へと帰ります
ミニパトは交差点を左折しました
途端に 皆のスピードが上がります
僕も遅れじと
アクセルを踏みます
道はまっすぐ伸びていて
黄金色に街路が流れます
風が吹いて
葉が散って
僕がいて
ルールのすこし外側に
気持ちよく伸びをする
僕がいて
秋 さやか
まるいボール
空気が満ちて
パンパンに張った
まるいボール
どんな道も軽やかに
転がってゆく
坂道もでこぼこ道も
楽しそうに弾みながら
その先の景色に期待して
どこまでもどこまでも
このまま行けそうなボールだった
けれど道のどこかで
うっかりガラスの破片か
鋭い棘とぶつかって
気づかないうちに空いた穴から
少しずつ
少しずつ
空気は抜けてゆく
歪んでしまったボールは
なだらかな坂でさえ
転がりづらい
上手く弾まないから
楽しめず
かなしいへこみに
影が落ちる
先ゆくボールを妬んでみたり
あの棘はきっとわざとだなんて
疑ってみたり
目に映る景色まで歪むなら
もうこのへんで
転がるのをやめて
すこし休もうか
側溝に落ちて
戻れなくなってしまう前に
好きなものを食べて
好きな音を聴いて
好きなことに気づいて
少しずつ塞がってゆく
その傷痕が
いつか自分のボールだという
証しになるから
立ち止まっていても
変わり続ける空を
奇跡とおもえる朝
柔らかなボールの中へ
たっぷり息を
吹きこんでゆく
上田 一眞
投 網
或る秋の夕暮れ
清流 錦川の河原に寝転がり
せせらぎを
聞く
どれほど時が経ったのだろう
気がつくと
闇が
河原を覆っていた
河面に明かりが灯る
目をこらすと
漁師が川舟の舳先に立ち
投網を打っている
広がる網
引絞る網
手繰る網
時々天を見上げる川漁師
彼は何を思い漁をしているのか？
彼の所作に倣って
天空を見上げると
空一面に広がる満天の星々
星が流れる
そうか 彼は
銀河の星々を網打ちたいのだ
川面に映る星々は
川漁師の生きる糧
僕にはそう見える
遠くに
河鹿が啼く
清涼な歌声だ
きっと悪夢を食べる蛙に違いない
満天の星は川面を泳ぎ
河鹿の声を背に
黙々と投網を打つ川漁師
至福の時を味わっているのだろう
杉森 ひでお（温泉郷）
タペストリー
永遠に据えられた
雌株が路面に
ギンナンを落とす秋
車道側に落ちたら
車に踏まれ
乾いて
跡形もなくなり
歩道側に落ちたら
踏まれた果肉が
乱れ模様を
描くだけ
植栽土に
落ちたものだけが
しばし
原型をとどめる
路面に
ギンナンを縫い込む
秋の朝の
タペストリー
拾われた
ギンナンの運命は
わずかに変わり
拾った
わたしたちの
運命の歩調は
何も変わらない
私たちも
縫い込まれていることに
気が付くだけ
石の花が咲く季節
石の花が咲くとき
それは激しい季節
石の花は
咲いてはならない花
流されて 流されて
窪みに着いた丸い石だけが
花を咲かせる
石の中の種が
揺さぶられ削られて
消えようとする
そのとき
種は内側から光を放ち
殻を破って
花を咲かせる
激しい季節の始まりです
再 発
重力は存在しない
エントロピー的重力理論
本当だろうか
重力がなければ
物は落ちないはずだが…
「審判」を途中まで読んで
布団に入り
部屋を暗くした
私は果樹園にいた
果樹園の周りには
スイカ畑が広がっていた
近くの樹から
熟したリンゴがひとつ
枝をそっと離れ
ゆるりゆるりと
落ち始めた
ああ やっぱり 重力はあったのだなあ
と思って見ていると
リンゴは着地前にこちらを見て
ほら このとおり 重力はあるのよ
ほら このとおり 重力はあるのよ
と微笑んで草の中に音もなく消えた
風が急に空に向かって吹いた
果樹園の周りの
静まり返っていた畑がざわめき
スイカの群れが
一斉に舞い上がった
リンゴの群れも枝をちぎって
一斉に浮き上がった
スイカもリンゴも
勝ち誇ったように
高みからゆらゆら
私を見下ろした
草地に落ちたさっきのリンゴも
ごめんね ほんとうは 重力はないのよ…
ごめんね ほんとうは 重力はないのよ…
といいながら仲間の後を追って
申し訳なさそうに
ゆっくりと昇って行った
私は驚きと悔しさと羨ましさで
重力がなんだ 俺だって
と叫んで布団をはねのけ
空に向かって思いっきり跳んだ
が…
伸ばした手は
スイカにもリンゴにも届かず
背中から落ちた
裂くような稲妻が
仙骨から脳天を貫き
白銀色のギザギザが
まぶたの裏を突き刺した
スイカとリンゴが一斉に落ちてきた
ああ！
また やってしまった
激痛の中
かろうじて灯りをつけた
ヨーゼフKが朝食用に取っておいた
リンゴがひとつ
枕もとに転がっていた
く れ
バリケード
帰還困難区域の入り口には
バリケードがあります
横から通り抜けることはできますが
その先にあるのは
自己責任です
ときどき、この付近では
イノシシやきのこは
放射線量が基準値を超える時があります
都度、注意喚起はされますが
それでも食べるという人はいますし
食べたという人もいます
食の安全・安心は
軽く見てはならないのですが
多くのことが絶対条件ではなくなりました
これは朗報なのでしょうか
バリケードの中に
人が住んではならないという
縛りは残ったままです
首を傾げながら
バリケードの中を歩いています
放射能の臭いは
風が追い払っているようです
しかし、酸っぱいものがせり上がって来ます
人が立ち入り制限されてから
もう１４年になります
この中の評価は
今も定期的に行われています
それによると
放射線量は、まだまだという数値からは
遠のいてきてはいるようです
ときどき、戻れるという期待感を
膨らませてみるのですが
山林除染は残ったままです
古里の一部はもう戻らないでしょう
それでも戻りますか？
そう問われた時の回答は用意していますが
揺れ動いています
この場所への帰還は
とても難しいものがあるのです
バリケードの姿には慣れましたが
四方を見渡しても
山、山です
この中に入る時
どこに向かって頭を下げればいいのでしょう
生活の息するものが
途絶えてから大分過ぎました
古里回帰、古里回帰と胸の奥で反芻しながら
切ないものがあれば
切ないといいたいのですが
今は、じっと我慢しています
こだま
土の事が心配だと言ったら
水の事も心配だと言うのです
海の事を忘れてはならないと言ったら
山の事も忘れてはならないと言うのです
放射能の臭いはもうしないねと言ったら
放射能が臭う穴はまだあると言うのです
それでも戻りたいよねと言ったら
一呼吸の間があって戻りたいと言うのです
被災地に、言葉を置けば
こだまするものにぐるりと取り囲まれてしまいます
それでも返ってくるものがあれば
より思いが深まります
問答する日があって
不安ですかと問われたら不安ですと答える事でしょう
それでも、まだ諦めてはいません
幾つかの曖昧があっても希望はあるのです
新しい朝に出会う為に
優しい言葉で一日を閉めたいなと思っています
悶々と過ごしてきましたので
思いの側には
小さな未来を一つか二つ置きたいのです
もうまわり道をする時間などはありません
急ぎ過ぎてはならないのですが
廃炉までは数十年
三分の一ほどを使い切ってしまいました
それでもまだ土の事が心配だと言うのです
水の事も心配だと言うのです
海の事や山の事など
忘れてはならないものが身近にはあります
ホットスポットもまだあるようです
風が吹けば風の背に、穴があれば穴の中に
これはこだまでしょうか
そう思いたいのですが
瀬 未
遠 足
やわらかな土の上を歩くのは
ずいぶん久しぶり
たくさんの木々に囲まれ
落ち葉を踏みしめながら
色づく楓を見上げる
電車とバスに揺られ小一時間
いつでも来られる距離でありながら
ずっと足が遠のいていた
最後にここへ来たのは
いつだったか
あなたのお気に入りの場所へ
今日はじめて
一人訪れる
秋薔薇の赤は深く
思い出を色濃く甦らせ
秋晴れの空はどこまでも高く
時はもう戻らないことを悟らせる
追憶の薔薇のアーチをくぐり
公園を抜けて
かつての道順どおりに
寺を目指す
あの頃よりも
店も人も増えて
とても賑わっているけれど
苔生した石畳の道の
そこかしこに
懐かしさが潜んでいた
みやげ屋の
地面に近いところに並べられた
手作りの置き物
“新蕎麦はじめました”
硝子扉の貼り紙
店主が書いたと思われる
その筆文字の朴訥さに
どうしようもなく
親しみが滲んできて
引き寄せられるように店に入る
蕎麦を待つ間
素焼きの湯呑みを
散策で冷えた手で
包むようにして温める
軽く目をつむると
かすかに頭痛がする
思いのほか疲れていた
まずは
運ばれてきた蕎麦の湯気と香りで
心身をほぐしましょうか
盛りそばもいいけれど
今日は寒いからと
心のなかで言い訳しながら
熱いおつゆをひとくち
通じゃないねぇ、と
からかうように笑った顔が
忘れられない
いつだって
あなたは
私の記憶のなかに
棲んでいるのだから
「あれから」と「これから」
無理に区切らなくても
いいのかな
しずかに
思い出をあたため偲ぶ
本日の遠足は
ちょっとした時間旅行
今年も
この時期がやって来ましたよ
季節は巡り
何度でも
亡き人の好物を連れてくる